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西九州のミステリーツアー? No.3 長崎:20160320  [訪れたところ色々]

いつの間に眠ってしまったのか。

心地よい揺れの彼方から、バスガイドさんの声がどこからともなく聞こえてきた。

最初は、半分眠りながらだったが、聴いているうちに・・・、

背中の方が震えてきて。



" 脾臓はもともと手のひらより小さいくらいのものなのだが、
私の腹の左半分全部を占領してまだ余り、へそを越して右のほうへかなりのさばり出ている。
この張り切れるだけ張り切った脾臓に、外から何かちょっと一打ち当てると、たちまち裂けて、
内出血を起こして死なねばならぬ。
まるでダイナマイトを腹の中に入れているようなもので、油断ができない。"

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" 子供は親にすがりつきたがるものである。
学校から帰れば、タダイマッ、と叫んで飛びつきたかろう。
しかし私に飛びついたら、脾臓はたちどころにパンクするに決まっている。
それで子供たちは主治医の朝長先生から「お父さんのそばへ寄ってはいけません!」と言いつけられているのだ。
子供たちはこの言いつけをよく守り、そばへ寄りたい、じゃれつきたい、すがりつきたい、
甘えたい想いをおさえ、 いつも少し離れて私と話をする。
私のほうも、世の常の父親のように、この子を抱き上げたり、ひっくり返して押さえつけたり、くすぐったり、キャッキャッ言わせて遊びたい。
けれどもそんなふうにしている子供がいつしか慣れて、こちらがうっかり眠っている時などに、いきなりドンと飛びついたり、
寝床のすぐ傍らでふざけ合って私の上に倒れかかって来ぬともかぎらない。
それを防ぐために私は心をことさら冷たくして、寝床のまわりに本を積み、薬壜を並べて、愛情を隔てるバリケードを築いている。

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" ――カヤノが遊びから帰ってきて、私の眠っているのを見定め、こっそり近寄って、お父さんのにおいを求めたのは、こんなわけがあるからであった。
 私も……わが子のにおいを久しぶりに味わった。白血病といえば、なんだか真っ白い血が冷たく流れているような気がするが、その私の血管の中に久しぶりに熱いものが流れ始めた。私はぐっとこの子を抱きしめたくなった。親犬と子犬とが遊ぶように、どこでも構わず、かみついたり、なめたり、たたき合ったり、ゆさぶったり、思い切り体と体とぶっつけ合って、時のたつのを忘れてみたい。そうしたらこの子はうれしさに息もつまり、笑いが重なって身もだえするであろう。脾臓が裂けるなら裂けてもいいじゃないか。この子がほんのひと時でも私から父の愛を受けて悦んでくれたら……。だが、私にはそれが許されない。一月でも、一日でも、一時間でも長く生きていて、この子の孤児となる時をさきに延ばさねばならぬ。一分でも一秒でも死期を遅らしていただいて、この子のさみしがる時期を縮めてやらねばならぬ。"


" 何か人に知られたくない小さな宝物をこっそり楽しむように、カヤノは小声で、
「お父さん」
と言った。
それは私を呼んでいるのではなく、この子の小さな胸におしこめられていた思いがかすかに漏れたのであった。"

「この子を残して」抜粋 永井隆

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爆心地から700mの長崎医大で被爆し1951年5月1日になくなった、医学博士で随筆家の永井博士の「この子を残して」の一節を、バスガイドさんが暗記していて、それでぼくらに聞かせてくれていたのです。

ぼくも一人の子供の親、

「一月でも、一日でも、一時間でも長く生きていて、この子の孤児となる時をさきに延ばさねばならぬ。」

「一分でも一秒でも死期を遅らしていただいて、この子のさみしがる時期を縮めてやらねばならぬ。」


犬の様に親子でじゃれあって遊びたいのに許されず、ただ一分でも一秒でも寂しがる時期を縮めるために、
抱きしめて子供のぬくもりを感じたいのを我慢して、来てはならぬ近寄ってはならないと、
ただただ、本と薬瓶でバリケードを築くなんて・・・、

知らず知らず、目頭が熱くなって、不覚にもこみあげてきて。

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1945年8月9日11時02分、
アメリカ軍B29爆撃機が長崎に投下した原子爆弾は、一瞬にして人口24万人のうち7万4千人の命を奪いました。

はじめは小倉に落とすはずの原爆でしたが、天候が悪く雲が多かったため、長崎に投下されたとのこと。
それも理不尽。

非戦闘員の一般市民7万人以上の命を一瞬にして奪いつくす。理不尽の極み。

人のすることではない。

日本人だから、こんなにひどいことをしたのでしょうか。ドイツやイタリアではしなくて。

この日、長崎平和公園に何十年かぶりに訪れました。

そして、鎮魂のモニュメントがソビエト連邦、チェコスロバキア、中国、南米の国 etc etc ・・・各国から送られていることを知りました。
なぜ、アメリカからないのか(国ではなくて一つの市からはありましたが)、欧米の国からないのか、イデオロギーとか、面子とかなのかな ?

色んなしがらみはあるかもしれないし、戦争を始めたのは日本かもしれないけれど、それでもこんなにひどい、
地上500mで爆発させて全てのものを焼き払うような悪魔の兵器を使用することは、人には許されないこと。

絶対に許されないこと。


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この日は昨日とは違って、風はなく暖かい日差しでした。


空は、

秋のように高く、穏やかな青い空。 まっすぐな2つのひこうきぐも。


大浦天主堂、グラバー住宅を訪れる人たちは、みんな、みんな笑顔。

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尊い多くの方々の犠牲のもと、

この国は成り立っているんだ、

今の平成の世があるんだということを、今回の旅でもう一度、認識を新たにしました。

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お気楽に、海に漂うクラゲの様に出かけてきた今回の旅でしたが、

バスガイドさんも暗記しているなんてすごいな。

そして、永井隆さんのことを教えて下さって、ありがとうございました。

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旅は色々なことを教えてくれる、気付かせてくれるもの。

体にも心にも刺激を与えてくれるもの。

お気楽クラゲのじぶんでも、年は取っていて若い頃の感受性はなくなっているけれど、それでも、
たくさんのことをこの旅で考え、また知ることができたように思えます。

ちょっと今さらかな? だいぶ遅いかな? ^^;

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それに、旅は家族の距離を縮めてくれる。

普段はさっさと自分の部屋に引っ込んでしまうけれど、旅の宿ではずっと一緒。

自然に話してコミュニケーション。 


来年も? いえいえ、そんなに経たずに、

また、家族で旅に行きたいものです。 できれば、色々とありますが? 懲りずにいてくれれば・・・、
ぼくは漂うクラゲで 。(笑)

" 2016/03/22 Nagasaki "
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takenoko

暗記してガイドしていることがすごいですね。
by takenoko (2016-03-31 20:50) 

チョコシナモン

|。・ω・|ノ コンバンワ☆
ご家族で西九州に行かれてみえたのですネェ。
水族館、ハウステンボスetc etc 羨ましすぎる。
素敵な写真と説明で出かけたような気になりました。
私もいつかきっと行けると良いなぁ。(* >ω<)=3 
by チョコシナモン (2016-04-01 00:34) 

ナビパ

あの惨劇は三度と繰り返してはいけないと思いながら拝見しました。
グラバー邸の各ショット素敵ですね。
横濱山手に共通する雰囲気ですね。
by ナビパ (2016-04-01 06:11) 

toshi

長崎に行かれたのですね。
グラバー邸、良い写真ですね。
私も、大分県の別府に行ってきました。
by toshi (2016-04-01 07:49) 

えーちゃん

アメリカは、やられたらやり返す何十倍返しだ?的な酷い国です(^^;
by えーちゃん (2016-04-01 07:50) 

suzu*

教科書からいろんなモノが無くなる時代。
だども…起こったことは無いものにはできない。
ただ、ウチらかて日常の中やとついつい忘れてしまいがちやねんな。
聞いた時、見た時は衝撃的で心えぐられそぅな想いでいっぱいになる。まぁ…それだけでもエエのかもしれませぬな。
受けた傷みや心のキズは体験なぞ出来ませぬゆえ。そうやって語り継ぐお人が居らんとアカンと思う。昔話は寓話やなくて、史実やけんね。
by suzu* (2016-04-01 09:18) 

甘納豆

グラバー邸、お姉さんのころ行ったの。
素敵だったなー。
坂道も複雑な海岸線も…。
も一度、行きたいな。
by 甘納豆 (2016-04-01 09:52) 

さる1号

家族旅行、ウチも行きたいな
でも予定が皆バラバラで^^;
最近は家族全員で行動するのは初詣ぐらいかな・・・・--;)
by さる1号 (2016-04-01 12:21) 

bpd1teikichi_satoh

グラバー邸、30年位前に訪れた事があります。
余計な事ですが、爺は艦船マニアなので対岸の三菱重工業長崎造船所が
気に成ります。
話しは変わりますが、爺は日本は広島、長崎と言う有一の原子爆弾の被爆国として米国の戦争犯罪を訴えるべきで、米国の核の傘に守られても、核兵器
の非人道性を訴える事は出来ると想います。
by bpd1teikichi_satoh (2016-04-01 12:51) 

Kiki

こんにちは。
平和祈念蔵の空 飛行機雲なんですね。
平和でいられる事を改めて感じる空ですね。
長崎は高校生の時はじめて訪れて次の年に
もう一度訪れたほど思い出のある場所です。
大浦天主堂 グラバー邸もハッキリ覚えています
バスガイドさんの話 大人になった今 是非聞いて
みたいなぁと思いました (^^)


by Kiki (2016-04-01 14:29) 

きよたん

戦争はあらゆる犠牲をもたらしますね
私がオランダを訪れたのはアンネフランクの足跡を
訪ねる旅でした。アンネはユダヤ人でしたが最後は
病気になり収容所で亡くなりました
思春期の大事な時期外に出られずアムステルダムの隠れ家で
息を殺して暮らしていた。戦争がなかったら才能を活かした
仕事について全うできたはずの生でした。
私も旅に出る度、発見があり自分自身を見直します。
仕事の合間の息抜きそして家族との会話とても大事だと思います。
mozさんの写真がとても素敵です。永久保存版ですね。
by きよたん (2016-04-01 15:02) 

ピンキィモモ

こんにちは。
長崎は、高校の修学旅行で行きました。
班行動だったので、遊んでばかりいました。
申し訳ないです・・・。
by ピンキィモモ (2016-04-01 17:22) 

engrid

許さない、許されることでない
肝に銘じて、世界中がね、、理由なんて言い訳
by engrid (2016-04-01 18:10) 

moz

takenokoさん、すごいですね。
ぼくもびっくりしましたが、教えてもらって帰ってきて、ネットの青空文庫を読ませていただきました。 ^^
by moz (2016-04-03 10:04) 

moz

チョコシナモンさん、おはようございます ^^
久しぶりの家族旅行でした。行ったというよりも、連れて行ってもらった? お任せで付いていったのですが、色々と発見もあり有意義な旅行でした ^^v
水族館もハウステンボスも良かったので、チョコシナモンさんもぜひぜひ!!
by moz (2016-04-03 10:05) 

moz

ナビバさん、知っているつもりでも、でも・・・、改めてその場所に行くと感じは全然違いました。今回、長崎の平和公園に行けたのはとても良かったです。もう二度と繰り返してはいけないですね。
グラバー住宅は洋館なので山の手の建物たちとの共通するところもありますね。
見晴らしが良くて素敵なところでした ^^v
by moz (2016-04-03 10:07) 

moz

toshiさん、はい、長崎にも行ってきました。 ^^
toshiさんは大分県、別府だったんですね。いいなぁ~、別府温泉はいったことないです。記事、楽しみにしていますね ^^
by moz (2016-04-03 10:09) 

fraise

家族旅行、素敵ですね。
私も1年ちょっと前に長崎へ行きました。
長崎は何度か訪れていますが、行くたびに戦争の悲惨さを
考えさせられます。
風化させてはならないことですよね。
それとともに、現在も生き生きと人が街が躍動しているという
素晴らしさを実感します。

by fraise (2016-04-03 10:09) 

moz

えーちゃんさん、そうなのかもしれませんね。
真珠湾のお返しなのかもしれませんが、それにしてもこんな兵器を使うのは年を破壊尽くすのは人のやることではないですよね !!
by moz (2016-04-03 10:10) 

moz

suzu*さん、その時々の考えやイデオロギー的なもので表現の内容が異なってしまうところはあるけれど、でも、ここで起こったことは紛れもない真実の仲間真実で、7万4千人もの方たちが命を失っているんですよね。これは、消すことのできない事実で、日本人として語り継ぎ、憤り続けないといけないと思います。絶対にこの行為は許されない!! です。
はい、終戦記念日、原爆の落とされた日だなと・・・テレビを見て思っていましたが、この日長崎の平和公園に行って、かなりの衝撃を受け心の中にそのことはしつかりとと入れてきました。
真実、実際に起こった事実として構成にもしっかりと伝えていかないといけないですよね。
バスガイドさんにも感謝です。 ^^
by moz (2016-04-03 10:15) 

moz

甘納豆さん、グラバー住宅、ぼくも大学3年で行ったっきりでした。
お兄さんの頃(笑)
差の時の印象よりもずっと今回の方が強いかな? 見晴らしがよかったせい? 平和公園に行った後のせい?
平戸も長崎も坂道、階段、海、素敵でしたよ ^^
甘納豆さんもぜひ ^^v
by moz (2016-04-03 10:17) 

moz

さる1号さん、うちも結構バラバラです。
なんとか、この日は調整が? 付きました。でも、家族旅行も時にはなかなかのものですね。母と会ってから、家族はやっぱりいいなと思うようになったせいもありますが、出来るだけ、一緒の行動をとりたいとも思っています。 ^^
by moz (2016-04-03 10:19) 

moz

bpd1teikichi_satohさん、ぼくが以前に訪れたのもそのころかもしれません? 長崎造船所もばっちり見えました。
それに、バスの車窓からでしたが、佐世保の港ではイージス艦もいましたよ。ゆっくり見られたら写真も撮れたんですけれど ^^;
そうですね、戦後70年経って米国との付き合い方は違ってきていますけれど、でも、されたことはされたことで、その責任はあり続けるとじぶんも思います。
おっしゃる通りと思います。
by moz (2016-04-03 10:23) 

moz

Kikiさん、おはようございます ^^
はい、暖かくてきれいな青空に2つの飛行機雲が一筋にまっすぐでした。
そうですね、平和な日本。バスガイドさんのお話を聴いて、つくづくそう思いました。尊い犠牲の元・・・なんですね。
そうなんですね、Kikiさんの思い出の場所でもあるのですね。時間は短かったけれど、グラバー住宅も大浦天主堂も訪れ雰囲気を感じてくることができました。
バスガイドさん、これだけでなく色々な話を聞かせてくれました。ヤングとアダルトチームに分かれるとバス会社の中ではアダルトチーム、とのことでしたが、色々なことを知っていらっしゃって、このバスガイドさんで今回の旅は良かったです。
永井隆さんのことも教えてもらえました。 ^^
by moz (2016-04-03 10:28) 

moz

きよたんさん、長崎が原爆なら、オランダはナチスドイツ、アンネ・フランク、アンネの日記なんですね。じぶんも学生の頃に読みましたし、何回か映画? テレビでも見た記憶があります。
あの時代のナチスも人間のすることではないですね。みんなおかしくなってしまった時代なのでしょうか? それとも、人間ってそもそも・・・。
アンネも原爆で亡くなった方たちも色んな可能性があった方たちですよね。それが一瞬で、または理不尽な理由でなくなってしまいました・・・。
きよたんさんもそうなんですね。いろんな発見と見直し、旅において大切なことですよね。
いえいえ、写真は ^^;
でも、記憶に残る旅にはなりました。また、色々なところへ出かけてみたいです。 ^^
by moz (2016-04-03 10:32) 

moz

ピンキィモモさん、おはようございます。 ^^
修学旅行だったんですね。班行動、ぼくにも記憶があります。ついつい (笑)
長崎の、それも楽しい思い出ですよね。 ^^v
by moz (2016-04-03 10:34) 

moz

engridさん、理由がたとえどんなに高尚なものであっても、それは言い訳というものですよね。人にとって許されない行為、方法、そういうものってあります。それの最たるものです。
憤りはなくなりません。
by moz (2016-04-03 10:35) 

moz

fraiseさん、久しぶりに行った家族旅行でした。それなりに楽しんできたし、また行きたいかも? 笑
fraise さんも1年ちょっと前に長崎に行かれたのですね。あの場所は・・・訪れたら、何度でもなのでしょうね。心が痛いです。
心の痛みは日本人として人としてみんなで共有しないといけないことですね。
はい、長崎は明るくてきれいで、素敵な街になっていますね。 ^^
ご訪問ありがとうございます m(__)m
ブログ再開されませんか? ^^
by moz (2016-04-03 10:38) 

rappi

私は平和公園に初めて出かけてきました。^^
親が子供を抱え上げる像など、各国から送られてたものもありましたね。
そこには人間がいて生活しているんだという当たり前のことを、
戦争になると忘れちゃうんだろうかと悲しくなってしまいます。
多くの犠牲、無念の上に、この国はなりたっているんだなと感じます。
by rappi (2016-04-04 20:52) 

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